高専の高等教育機関たるところ
豊田工業高等専門学校 校長 山田 陽滋
「高等専門学校と普通高校の違いは何だと思いますか?」これは、翌年度豊田高専入学に関心をもつ中学生に対する学校説明会で冒頭の挨拶を担当したときに、私が必ず尋ねる質問です。「在学期間が高等専門学校(以下、高専)の場合は5年間である」とか、予めホームページで調べて「工業に関する専門知識が早期から学べる」は、会場から答えていただけそうな回答です。後者の答は、まさに高専の期待されるところですが、高専と高校の違いの本質を射抜いてはいません。より本質的な答は、高等教育機関には、文科省から提示される学習指導要領がないというところです。学習指導要領は、普通科の高等学校のみならず工業高校にもあります。これらは、中等教育と呼ばれており、それぞれ前者であれば大学入試に受験できる知識の水準であったり、後者であれば即戦力を期待されて実践的に学ぶ工業技術の習得であったりと目標が明確です。これに対して、高等教育の典型は大学におけるそれでありますが、研究を教育に反映させてよいとされています。つまり、概して言えば、本校の教員でも自分の研究内容を授業の中で反映させてよい、ということになります。
だからと言って、高専は高等教育機関で学習指導要領もないから何を教えてもよいというわけではなく、どのような学生を育成するかの目標(Policy)を決め、これに沿った教育ができているかを自ら評価し改善する仕組みが求められます。これは「教育の質の保証」と呼ばれます。そして、これらの目標に準じた学校経営が行われているかを自らチェックすることができれば、その教育機関は、教育の質保証がなされているといえることになります。高専の場合は、高専機構によって設けられたMCC(Model Core Curriculum)と呼ばれる教育体系に沿って教育の水準の平準化は図られています。そして、教育の中味としては、自然科学等の基礎的能力、分野別専門工学知識・技術のほか、基盤的資質や態度、さらに創造性やデザイン能力の向上も図るように設計する必要があります。
では、向上が期待される上記の能力に先端技術を体系的に組み込めるかというと、個々の教員レベルではなかなか難しそうであるということが想像できるのではないかと思います。私も、前職の大学で大学院の授業に自分の専門に関する体系的知識を供給しようと努めたのですが、体系的にまとめるだけで5年以上を要しました。高専では、教員の授業負荷が大きいだけでなく、学生に対して個別の様々な支援を行う必要があり、自分の研究の内容を授業で教育する内容にまで体系的にまとめる時間はとても持てないと思われます。そこで、機構本部ではMCCとは別に、MCCplusという枠組みを設け、同じ分野の研究を指向する教員が集合して、やがて教育水準にまで研究内容をまとめ上げる教育研究活動をプロジェクト化して促進するようにしています。
IoTやロボット等の研究者が集合するCOMPASS 5.0や介護・医療工学や防災・減災を研究分野とするGEAR 5.0がプロジェクトとして活動しており、成果を上げつつあります。そのほかには、アントレプレナーシップやSTEAM教育等もまだプロジェクト化はされていないものの、 MCCplusの候補に挙げられています。工学分野を志す技術者は近年、「想定外の問題」、「解決の糸口が見つからない課題」に向かって研究開発・技術開発が求められる局面が多くなっています。これは、自分の研究領域だけでは解決できない問題に向かって、異分野の知識・技術をもつ仲間と連携する友だちづくりの能力も含めて、高い資質や能力がもとめられるようになっています。これには、まず研究を志す教員が範を示しその姿を学生が学ぶことができれば、最も近道ではないかと私は考えています。